【とつとつメモ】4~とつとつダンスpart2 愛のレッスン~

Posted by on 11月 26, 2014 in おしらせ, とつとつダンス part.2 愛のレッスン | 【とつとつメモ】4~とつとつダンスpart2 愛のレッスン~ はコメントを受け付けていません。

【とつとつメモ】4~とつとつダンスpart2 愛のレッスン~

いよいよ東京公演まで3日!!と迫ってまいりました。
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【とつとつメモ】4~伊達伸明という世界



ダンス公演『とつとつダンスpart2 愛のレッスン』(以下、『愛のレッスン』)を、
舞鶴と大阪と連続でご覧になった方はちょっと驚かれたかもしれません。
だいぶ変っています。さらに東京公演でもまた変化していきます。
テーマは同じでも焦点が合う位置が違うのです。

舞鶴では『グレイスヴィルまいづる』での出来事(シリーズとつとつ)の紹介という側面が強かったですが、
大阪公演ではより『愛のレッスン』というテーマに、その導線として引かれた「十牛図」(禅の思想ですね)にフォーカスが強く当たっています。
そのために小道具が数多く導入されました。

例えば、シーン半ばで舞台上をとつとつとうろうろする小さな車いすの模型や、
最後あたりの牛の角、カウベル、車いすを高く吊り上げるための仕掛け、
最後の朗読シーンで使われる十牛図の漢詩が書かれた冊子。
それらはすべて、ウクレレの演奏と朗読で出演している美術家 伊達伸明によるものです。
『愛のレッスン』のクリエーションにも大きく関わっています。
そうそう、「とつとつメモ」1で取り上げた詩「とつとつな音」も伊達さんによるものですね。

小さい車いすの模型

小さい車いすの模型

大阪公演で吊りあげられる椅子と角

大阪公演で吊りあげられる椅子と頭の角


 伊達さんは不思議な人です。
 彼が醸し出すものを称して「伊達伸明の世界」と呼んでもよいくらいです。

伊達伸明さん

伊達伸明さん


2010年の『とつとつダンス』、今回の『愛のレッスン』と、
当たり前のように、「演奏:伊達伸明」とあるので僕らにとって違和感がなくなってきてますが、
伊達さんは本来ウクレレを弾く人ではありません。
(伊達さんに舞台でのウクレレ演奏を頼んだのは、後にも先にも砂連尾さんだけです)

「建築物ウクレレ化保存計画」を代表に、
「亜炭考古学~足元の仙台を掘り起こす」、「豊中市民会館おみおくり展」など数多くの企画をこなす美術家です。
舞鶴では、僕らと一緒に「まいづる自分地名」という企画をやってもらったりしました。

伊達さんの美術に共通するのは、
「ものへの暖かな視点」です。

「建築物ウクレレ化保存計画」では建物に刻み込まれた記憶や思い出をウクレレの形にして、
持ち主に渡す。
「亜炭考古学」では仙台で燃料として使われていた亜炭に注目して、そこから仙台という土地を観る。
「おみおくり展」では解体される豊中市民会館に対して「お疲れ様」をいう。
「まいづる自分地名」では「地名」そのものが生まれる瞬間を愛でる。

伊達さんはモノ自体を素直にみようとします。
すると、いろんなものが浮かび上がってきます。
ほわほわと、モノ自体に刻み込まれている記憶とか思い出が現われるのです。
伊達さんはそれを愛でます。
その視点があるからこそ、
街角に数多くある年経た波板(波トタン)からも様々な表情を読み取ることができるのかもしれません。

伊達さんの波板(波トタン)

伊達さんの波板(波トタン)写真コレクションの1つ


ウクレレを弾くときも一緒です。
その視点というか世界が彼にはあります。
世間の常識や立場から少し離れたところで世界を暖かくみつめる目線。

今の社会において、『愛のレッスン』のように
「老人ホーム」とか「障がい者」といったキーワードが入った表現には、
「福祉」とか「車いすダンス」などの強すぎるレッテルが貼られます。

もちろんそれ自体は悪いことでもなんでもありません。
必要なことが多いです。

けれど、今回の『愛のレッスン』は違う気がします。
ぱっと見、入り口に書かれている文言の中で「福祉」や「車いす」が目立つかもしれません。
でも、もっとも重要な部屋の奥にはそれらをも一要素として世界の在り方をみつめなおそうとする
砂連尾さんをはじめとする関係者たちの真剣なまなざしがあります。

強すぎる言葉に反するのではなく、その言葉をも表現の情景のひとつにする。

大阪公演の後で、来場者からいただいた感想のひとつに以下のようなものがありました。
少し抜粋します。

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先日のパフォーマンスはとても興味深かったとともに、
考えさせられました。個人的には、こういった類の公演が、
メディアに採り上げられ、世に広まっていく過程で安易な感動物語
の「見世物」と化してしまう危険性を孕むものだと常々思っていて、
距離を保っていました。今回に関しては、
砂連尾さんのパフォーマンスが岡田さんの世界と調和していたということもあって、
安易な感動に結び付かない絶妙なバランスがあったように感じました。
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この絶妙なバランスを成立させている要素の一つが、間違いなく「伊達伸明という世界」です。
ウクレレの音であり、詩であり、小道具であり、
クリエーションのときの伊達さんの言葉であり、佇まいなのです、

と書いた文章からにじみ出ているかもしれませんが、
僕はこの「伊達伸明という世界」が大好きなのです。

伊達さんinグレイスヴィルまいづる

伊達さんinグレイスヴィルまいづる

 

torindo豊平 2014.11.25

 

 

 

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